2007年1月 8日 (月)

新年好!

新年あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

当ページ、昨年末は諸事情により、更新が滞り失礼しましたが、本年もあせらず
少しずつ更新してまいりたいと思います。
時々のぞいて頂ければうれしく思います。

(湯豆腐)

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2006年12月 7日 (木)

続コラム その2・文化大革命 中(通算27回)

前回の続きです。
ここは続きとして私の「文革」体験談を書きたいところですが、私は「文革」の歴史の嵐の中を生き抜いたわけではありませんので、「文革」の体験談は書けません。
そこで、本を一冊ご紹介申し上げたいと思います。

「上海の長い夜(LIFE AND DEATH IN SHANGHAI) 上下巻・
鄭念(チェン4ニエン4)著 篠原成子、吉本晋一郎訳 原書房」

同書は、鄭念という中国人女性の1966年から1980年中国を離れアメリカに渡るまでの14年間に著者及びその友人に訪れた「不幸」を描いた「文革」体験談です。
鄭念は1966年春まで、シェル石油上海総支配人のアシスタントをしていた、当時の中国の上流階級に属すると思われるご婦人です。
物語は1966年7月「文革」前夜の上海から始まります。
鄭念51才。
物語の舞台は上海であり、上海の有名な建造物名、市井の人々の息づかいを表現した場面などが出てくると、留学等で上海をおとずれた事のある人間は、それだけでうれしくなってしまいます。同書の中に著者の当時の居住地住所に関する記述はありませんが、想像するにどうやら「淮海路」付近に住まわれていたように思われます。

同書の中にも説明する記述が出てきますが、「文革」中は地主、富農、反革命分子、悪人、右派分子、裏切り者、スパイ(特務)、敵の手先、知識人等九種類に分類された人間が批判の対象にされました。著者は、仕事等の関係から外国との関わり合いが多かったため「スパイ」との嫌疑をかけられ、投獄されたようです。
話は少し横道にそれますが、「文革」中に共産党より批判された九種類の人間の中に「知識人」が入っているのは面白いところです。「知識人はえてして傲慢であり、自分のすぐれた知識や教育を自慢している。」毛沢東等の指示に基づき、当時の中国では、本心はともかくこうゆうふうにとらえる事が、社会の常識とされていました。中国語で言うと、「臭老九(チョウ4ラオ3ジィウ3)九番目のはなつまみ者(知識人、読書階級の事)」などと蔑称されていました。

今でも中国の読書階級(インテリ)は、共産党よりある面煙たがれる存在であり(共産党の中国には今でも政治的発言の自由等はありません)、「文革」中に使われた「臭老九」などという言葉を自潮気味に自らに冠し、卑下して見せたりするような所があるように思われます。

また、「文革」当時の中国では同じような理由から医者なども人々の尊敬を集めるような職業ではありませんでした。同書の中にもそんな場面が出てきます。
上海の第一拘置所に収監され半年になろうとする頃、迫害から体調を崩した著者の前にそんなお医者様が現れます。「泳ぎの中で、泳ぎを覚える」等という、毛沢東の「経験」・「知識」を無視した無謀な指示・政策により養成された「医者の仕事をする事によって、医者の仕事を覚える」式のお医者様でした。中国語では当時「赤脚医生(チー4ジャオ3イー1サン1)はだしの医者」等と呼ばれていたようです。ではその頃、「本物のお医者様は何処に行ってしまっていたの?」というと、肉体労働による労働者意識の再教育のため、中国の僻地に「下放(シャー4ファン4)かほう」されてしまっていたようです。

話しが長くなってきましたので、そろそろおしまいにしたいと思いますが、私にはそんな力量はありませんので深入りは避けますが、「中国の歴史の中での知識人(インテリ)の社会的立場の変遷」「日本と中国の職業意識の違い」等は研究するのに面白いテーマではないでしょうか。中国のお医者様は今でも人々の尊敬を集めるような1ランク上の職業では無い様に思われます。

物語の方ですが、著者は「資本主義的な感覚も身に付けた」中国人である様に思われ、われわれから見れば、ある意味「常識人」であるように思われます。そういった著者が、「文革」という「無法・無秩序」の中に投げ込まれ、「常識的」な目から「文革」をながめていきます。われわれは著者の文章を読む事により「文革」を体感できます。また、読んでいるとだんだん著者が好ましい「人物」に思えてきます。
中国に興味がある方でまだ読まれていない方は、ご一読をお薦めします。

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今回関連用語の中国語訳(普通話)
「臭老九(チョウ4ラオ3ジィウ3)九番目のはなつまみ者(知識人、読書階級の事)」
「赤脚医生(チー4ジャオ3イー1サン1)はだしの医者」
「下放(シャー4ファン4)かほう(文革中、都市のインテリ等思想的に好ましくない人物を農業等の肉体労働に従事させる事によって再教育を行うという目的で中国の僻地に派遣する事)」

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(続コラムその3・文化大革命 下 に続きます)

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2006年11月24日 (金)

続コラム その1・文化大革命 上(通算26回)

少しご無沙汰しておりました。
長野は早、雪の季節の入り口にさしかかろうとしております。
浅間山はすでに真っ白です。
今回より少し中国の「文化大革命」について触れてみたいと思います。

中国の「文化大革命」、すでに良く御存知の方もいらっしゃると思います。
百科事典等によりますと「中国の「文化大革命」は、1960年代後半から1970年代前半まで続いた毛沢東らが引き起こした権力闘争を言う。」等となっています。
日本でいうと「高度経済成長」後半、中国でいうと現在60歳台の人が20歳の頃の出来事という事になるでしょうか。まだ、それほど大昔の出来事というわけではありません。

内容としては、引き続き百科事典を見ると、「(文化大革命は、)はじめ毛沢東指示のもと、劉少奇からの政権奪権を目的として林彪の主導により進められた。林彪の事故死後は四人組に率いられて毛沢東思想に基づく独自の社会主義国家建設を目指したが、実質は中国共産党指導部における大規模な権力闘争であった。共産党指導部に煽動された暴力的な大衆運動によって、当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医者などの知識人等が弾圧の対象となった。しかしその後弾圧の対象は中国共産党員にも及び、多くの人材や文化財などが被害を受けた。期間中の行方不明者を含めた虐殺数は最低2000万人と言われる」となっています。
毛沢東という、たった1人の人間の「欲望」を背景とした空前絶後の「人災」でありました。

「文化大革命」中は、それ以前の中国にはあった、さまざまなものが破壊し尽くされました。
「文化大革命」前まで中国人が持っていた「礼節」もこのときに破壊されたといわれているように私は聞いています。
「道端にタンを吐き、やたらに物を捨て、信号を守らない人民。」
このような世界に有名な現代中国人は、そのような事が正しいと教えた「文革」という不幸な時代があったためにできあがっものだと私は考えています。

1980年代私は中国に留学していますが、「ピン」とアトムのような寝癖をつけたまま生徒の前に現れた中国人の先生を見た時には、カルチャーショックを受けたものです。
関係無い外国人にとっては、漫画の中の出来事のようにも感じます。
でもきっと、笑い事ではないのでしょう。

「文化大革命」は、「文革世代」の高齢化に伴い、少しずつ風化しているのかもしれません。しかし、現代中国並びに現代中国人の行動様式を理解する上では、是非、頭に入れておくべき重要な事柄だと思います。

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今回関連用語の中国語訳(普通話)
「文化大革命/十年動乱
(ウェン2ホア4ダー4ガー2ミン4/シー2ニェン2ドン4ルアン4)
文化大革命」 

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続コラムその2・文化大革命 中 に続きます)

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2006年9月13日 (水)

コラム その2・中国人の日本企業観 (通算 12回)

前回の話題、読み難かったでしょうか。
また、前回の続きのようなものになってしまいますが。。。。。

中国人側から日本企業をどう見ているかという参考例として、以下記事を紹介します。「日中新聞」(発行東京)という在日華人向けに発行されている新聞(週刊)の6月9日(金)号に掲載された記事です。原文は中国語でかなり長文のため、できるだけ要約でご紹介します。(全文四段にて構成されています)

中国側も日本企業を「この程度まで分析できているんだなあ」という程度に気楽にお読み頂ければ「翻訳の苦労」が報われます。

標題:「日本の家電メーカーの中国での現状」

□中国市場における偏執

*欧米企業が躊躇無く、研究開発センター甚だしくは本部を中国に移している今、日本の家電メーカーは依然として現地化を行おうとしない。この事を以前ある人はこのように形容した。中国企業と外国企業の交渉の際、もし相手方企業がアメリカ企業なら、参加者全てが中国語に通達している。しかし、相手方企業が日本企業の場合、中国語に通達しているのは「通訳」のみであると。
*長期にわたり中国に進出しているにも係わらず、日本企業の現地化への取り組みはほんのわずかである。
 例えば、
・2005年日立グループがやっと独立した地区本部を検討。また、日立(中国)所属の研究開発部を独立法人日立(中国)研究開発有限公司へ改組。
・中国に進出して20年の歴史を持つ東芝が、2006年6月初めて北京で製品の総合展覧会を開く。
*人材の現地化については、さらに進んでいない。在中国日系企業において、現在、大部分の企業の管理要員は依然として本社から直接派遣されており、且つ、高級管理要員はほとんど全て日本人である。中国人ワーカーの多くは課長までにしかなれない。
*日本企業の中国市場における偏執は、極端な不信任にも現れている。例えば、日本の家電メーカーの科学研究部門の中には、ほとんど中国人がいない。中国人ワーカーに対する技術訓練はわずかに基礎方面に留まっている。このような戦略が、中国人ワーカーの忠誠心を引出し難くしており、中国での投資事業の継続性を危うくしている。現在一部の日本企業は、生産基地、研究開発基地を中国に移しているが、核心技術、核心製造業は日本に残している。ここ二年余り、日本企業は東南アジア或いは中国に一旦移した先端製品製造をこっそり日本に戻している形跡があり、日本経済の復調に伴いこの傾向は、加速度を増している。軽視と不信任は最後に巨大な損失をもたらすであろう。
*中国市場に対する深く細かな理解が欠乏しているために、日本家電メーカーは中国の営業・販売ルートに構築ついて、日本国内の常套手段を中国に持ち込もうとする。

□技術革新における偏執

*不断の技術革新及び他国に先んずるやり方で7、80年代、日本企業は電気製品製造において、アメリカに取って替わった。しかし、現在、日本は技術においてさらに加えるものが無くなっているようである。近年、日本企業が取った高付加価値品にシフトする路線が、さらに自らを困難に陥れている。
 日立を例に取ると、日立は3年前、低付加価値家電市場を放棄し、高付加価値品にシフトした。日立は自らの技術開発能力もって中国のリアプロ、プラズマ市場に参入し、10%前後の伸びを見せる中国テレビ製品消費市場で完全勝利できると見込んだ。しかし、中国の市場は日立の望むような高付加価値品への発展は見せなかった。液晶を代表とする高付加価値製品市場の大幅な伸びは2005年下半期に入りやっと始まったが、それでも国内カラーテレビ販売額の1%にも遠く及ばなかった。
 また、日立は国内外での挑戦に直面している。すなわち、フラットテレビ等の高付加価値品領域では国内外の巨大家電メーカーが戦略を既にほぼ固めてしまっている事。また、低付加価値品領域では国内外の中小メーカーがブランド優位を確立しており、日立の入り込む余地が無いという事である。
*日本企業がかって持っていた技術的優位は無くなろうとしている。2005年シリコンバレーを中心とした電子産業の急速な膨張の後、技術はもう犯しがたい領域では無くなって来ており、いくつかの主要技術の誕生地は既に大企業の研究所ではなく、大企業以外に巨大な商業的前途を持つベンチャー企業や個人となっている。ゆえに電子製品の先端的な作業は日本企業の専売特許ではなくなりつつある。

 《同章以下省略》

□多元化における偏執

 《同章省略》

□執着と偏執の違い

*日本企業の求心力はとても大きい。ある人によるとそれは日本民族の武士道精神が、現代企業内部の凝集力に発展して形成されたものであるという。武士道精神の真の核心は執着と継続、忍耐と不妥協にある。日本企業はこのような精神体系を継承、発動して、日本経済を第二次大戦後の空白からよみがえらせたのである。
*しかし否定できない事実としては、世界は引き続き発展しており、市場の形成方法も変遷している。当初継続していたものが、現在の潮流、ニーズにもまだ、適合しているであろうか?日本企業はこういった問題を考えたくないように見える。彼等には継続また継続があるのみで、現在では次第に偏った執着、固執になってしまっている。
*中国に投資している日本の家電メーカーは、日立の様に事業部の出先として、投資企業を立ち上げているものが多い。事業部会社制は一旦苛烈な競争にさらされると、部門間連系の悪さから、会社全体としての適切な判断が下せず(または遅れ)、日本企業に与える打撃は致命的なものになる可能性がある。

※《本文は「読み物」として、ご提供申し上げました。本文の見方に同意するものではありません。》

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今回関連用語の中国語訳

「积雨云(ジーユィユィン)」 入道雲
「足球(ズゥチュウ)」 サッカー
「棒球(バンチュウ)」 野球
「篮球(ランチュウ)」 バスケットボール
「网球(ワンチュウ)」 テニス
「乒乓球(ピンパンチュウ)」 ピンポン
「高尔夫球(ガオアルフチュウ)」 ゴルフ
「本土化(ベントゥホア)」 現地化
「员工(ユアンゴン)」 ワーカー
「厂商(チャンシャン)」 メーカー
「液晶电视(イエジンディエンシー)」 液晶テレビ
「背投电视(ベイトウディエンシー)」 リアプロテレビ
「等离子电视(ダンリィーズディエンシー)」 プラズマテレビ
「平板电视(ピンバンディエンシー)」 フラットテレビ
「硅谷(グイグー)」 シリコンバレー
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(コラム その2 おわり)

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2006年9月12日 (火)

コラム その1・中国人の反日感情 (通算 11回)

今回は少し長くなりますが、難しい問題なんだけれども、日本人としては「気になるところ」といったテーマに取り組んでみたいと思います。

テーマ:『中国の人には「反日感情」を持った人が多いのか?』
まずは、中国の「反日」運動の流れを少し追ってみましょう。

*『中国はなぜ「反日」になったか』清水美和著 文春新書(2003年初版)より
このテーマを考えるにあたり、同書を一冊斜め読みしてみました。まずは同書より、中国の「反日」運動の経過を拾ってみましょう。

・「歴史認識問題」が、日中外交の大きな焦点に浮上したのはそんなに古いことではない。
・1989年の「天安門事件」で共産主義の理想があせ、党の威信が大きく揺らいだ事で、共産党は支配の正当性を強調するために抗日戦争の記憶を呼び起こす事が必要になった。(95年を中心に愛国主義キャンペーン)
・二十一世紀初頭の最優先目標としている経済建設にとって、日本の対中援助、直接投資は欠くことのできないものである。それにマイナスの影響を与えるまでに日本国内の「反中感情」が高まりを見せたのは、中国側の予測を超え、対日政策を見直す気運を高めた。
・2000年中国指導部による対日政策の方針転換。
「歴史問題を始め日本政府の対応には大きな不満があるが、日中関係の重要性に鑑み、経済や人的、文化的交流は政治の干渉を受けることなく発展させる」

*2005年4月中国「反日デモ」
昨年(2005年)4月、中国全土に「反日デモ」の嵐が吹き荒れた事は記憶に新しいところです。4月初旬から中旬にかけ、瀋陽、北京、天津、上海、寧波、杭州、成都、アモイ、長沙、深セン、東莞、広州、珠海、香港等中国全土でデモが組織され、4月2日四川省成都では日系スーパーへの暴動、4月16日上海では市民が日本総領事館へ投石、デモ参加者は一時数万人規模にふくれ上がり、一部に暴徒化が見られました。4月19日中国指導部が「無届デモ全面禁止」を通達した事により、事態は収束していくのですが、当初は「愛国主義的行動」として、規制の対象外としていた中国治安当局もインターネット等を通じて予想以上に(?)ふくれ上がった人波(暴徒)にヒヤリとさせられたようにも見えました。
反日運動の主張としては、
・日本の国連安全保障理事会常任理事国入り反対
・日本の「歴史教科書問題」
・尖閣諸島における領海問題及び東シナ海の海底資源問題
等があったようです。

*私見「中国人の反日感情」
2005年4月中国「反日デモ」にしても、強い「愛国・反日」の感情からデモに参加した中国の人ばかりではなかったでしょう。「改革開放政策」により拡がった中国人間の「貧富の格差」の鬱憤晴らしの側面もあった事でしょう。
上記のように、中国の「反日」運動の経過を見てくると、中国政府の政治的な思惑に振り回される「日本」という構図が透けて見えてくるような気もします。

先日来日された中国からのお客様は、日中関係について「日中両国は、現在既に相互依存の関係にある」とおっしゃっていましたが、日中双方にとってそれはその通りなのでしょう。
しかし、であるにも係わらず、私の知る範囲という事にはなりますが、中国の若い世代は一般に少なからず「愛国主義」的考え方を持っておると共に、日本人に対するイメージは概してあまり良くはありません。

日本と中国は、「一衣帯水(イーイーダイソイ)」(極めて距離が近い)の間柄とは昔よく使われた言葉ですが、それだけ近い間柄にも係わらず、双方に「反日・反中」感情が高まる事は、容易に「相互不信」を生む土壌になっている様に思われます。
「営業」においては、「お客と議論はするな」というのが鉄則のようですが、相互の「信頼関係」を築くための努力はすべきではないでしょうか。

皆様はどのようにお考えになられますか。
次回はもう少し“やわらかい”内容を目指したいと思います。(反省)

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今回関連用語の中国語訳

「短评(ドアンピン)」 コラム
「反日游行(ファンルーヨウシン)」 反日デモ
「民族主义(ミンズゥジューイー)」 ナショナリズム
「全球化(チュアンチュウホア)」 グローバリゼーション
「互相依赖的关系(フーシャンイーライダグアンシー)」 相互依存の関係
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(コラム その1 おわり)

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