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2006年12月 7日 (木)

続コラム その2・文化大革命 中(通算27回)

前回の続きです。
ここは続きとして私の「文革」体験談を書きたいところですが、私は「文革」の歴史の嵐の中を生き抜いたわけではありませんので、「文革」の体験談は書けません。
そこで、本を一冊ご紹介申し上げたいと思います。

「上海の長い夜(LIFE AND DEATH IN SHANGHAI) 上下巻・
鄭念(チェン4ニエン4)著 篠原成子、吉本晋一郎訳 原書房」

同書は、鄭念という中国人女性の1966年から1980年中国を離れアメリカに渡るまでの14年間に著者及びその友人に訪れた「不幸」を描いた「文革」体験談です。
鄭念は1966年春まで、シェル石油上海総支配人のアシスタントをしていた、当時の中国の上流階級に属すると思われるご婦人です。
物語は1966年7月「文革」前夜の上海から始まります。
鄭念51才。
物語の舞台は上海であり、上海の有名な建造物名、市井の人々の息づかいを表現した場面などが出てくると、留学等で上海をおとずれた事のある人間は、それだけでうれしくなってしまいます。同書の中に著者の当時の居住地住所に関する記述はありませんが、想像するにどうやら「淮海路」付近に住まわれていたように思われます。

同書の中にも説明する記述が出てきますが、「文革」中は地主、富農、反革命分子、悪人、右派分子、裏切り者、スパイ(特務)、敵の手先、知識人等九種類に分類された人間が批判の対象にされました。著者は、仕事等の関係から外国との関わり合いが多かったため「スパイ」との嫌疑をかけられ、投獄されたようです。
話は少し横道にそれますが、「文革」中に共産党より批判された九種類の人間の中に「知識人」が入っているのは面白いところです。「知識人はえてして傲慢であり、自分のすぐれた知識や教育を自慢している。」毛沢東等の指示に基づき、当時の中国では、本心はともかくこうゆうふうにとらえる事が、社会の常識とされていました。中国語で言うと、「臭老九(チョウ4ラオ3ジィウ3)九番目のはなつまみ者(知識人、読書階級の事)」などと蔑称されていました。

今でも中国の読書階級(インテリ)は、共産党よりある面煙たがれる存在であり(共産党の中国には今でも政治的発言の自由等はありません)、「文革」中に使われた「臭老九」などという言葉を自潮気味に自らに冠し、卑下して見せたりするような所があるように思われます。

また、「文革」当時の中国では同じような理由から医者なども人々の尊敬を集めるような職業ではありませんでした。同書の中にもそんな場面が出てきます。
上海の第一拘置所に収監され半年になろうとする頃、迫害から体調を崩した著者の前にそんなお医者様が現れます。「泳ぎの中で、泳ぎを覚える」等という、毛沢東の「経験」・「知識」を無視した無謀な指示・政策により養成された「医者の仕事をする事によって、医者の仕事を覚える」式のお医者様でした。中国語では当時「赤脚医生(チー4ジャオ3イー1サン1)はだしの医者」等と呼ばれていたようです。ではその頃、「本物のお医者様は何処に行ってしまっていたの?」というと、肉体労働による労働者意識の再教育のため、中国の僻地に「下放(シャー4ファン4)かほう」されてしまっていたようです。

話しが長くなってきましたので、そろそろおしまいにしたいと思いますが、私にはそんな力量はありませんので深入りは避けますが、「中国の歴史の中での知識人(インテリ)の社会的立場の変遷」「日本と中国の職業意識の違い」等は研究するのに面白いテーマではないでしょうか。中国のお医者様は今でも人々の尊敬を集めるような1ランク上の職業では無い様に思われます。

物語の方ですが、著者は「資本主義的な感覚も身に付けた」中国人である様に思われ、われわれから見れば、ある意味「常識人」であるように思われます。そういった著者が、「文革」という「無法・無秩序」の中に投げ込まれ、「常識的」な目から「文革」をながめていきます。われわれは著者の文章を読む事により「文革」を体感できます。また、読んでいるとだんだん著者が好ましい「人物」に思えてきます。
中国に興味がある方でまだ読まれていない方は、ご一読をお薦めします。

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今回関連用語の中国語訳(普通話)
「臭老九(チョウ4ラオ3ジィウ3)九番目のはなつまみ者(知識人、読書階級の事)」
「赤脚医生(チー4ジャオ3イー1サン1)はだしの医者」
「下放(シャー4ファン4)かほう(文革中、都市のインテリ等思想的に好ましくない人物を農業等の肉体労働に従事させる事によって再教育を行うという目的で中国の僻地に派遣する事)」

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(続コラムその3・文化大革命 下 に続きます)

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